11 月 1 日に全国で発売が開始された MW10 HiKARI に関する最近のマスコミ報道を見聞きしている中で、こちらの記事で指摘した異なる別の懸念も浮上してきました。それは晴眼者が安易に MW10 の性能や効果、良さを語るものではないということです。
筆者がこのように思ったのには理由があります。
まずは、晴眼者と夜盲症の人の間には「視力」だけでなく、「視野」にも大きな差があることです。これは、物がぼやけて見えないとか、遠くはよく見えないとか、ランドルト環の上しか見えないとか、そういう次元の差ではありません。
夜盲症の人の多くは網膜色素変性症の患者さんなので、MW10 は言わば網膜色素変性症患者のための福祉器具だと言えます。そのため、MW10 の事に触れるには網膜色素変性症の知識も多少は必要になると思っているのですが、少なくとも私が知る限り、網膜色素変性症の症状や見え方にまで詳しく触れている記事は見つかりません。断っておきますが、ほぼ全ての記事や報道内容に「網膜色素変性症」の言及は見受けられますが、多くの場合が単純に載せているだけです。
一般的に、網膜色素変性症になると晴眼者よりも網膜の機能不全・消失がより早く進み、その結果、視力が悪くなるだけでなく、視野狭窄も進行していきます。筆者は医者ではないので網膜色素変性症を厳密に解説することはできませんが、視野も狭くなると思っていただければ大丈夫でしょう。
視野狭窄が進むと、晴眼者であれば普通に見えるような部分でさえ見えづらくなり、さらには、物体の認識スピード(動体視力です)も低下するため、夜盲症の人の視界というのは晴眼者が思ったよりもかなり悪いのです。
例えば、オフィスビルのエントランスがどこにあるのかなんて、普通すぐに分かりますよね? しかし網膜色素変性症の人の中にはビルの前で立ち止まり 10 秒ほど辺りを見渡さないとエントランスを認識できないことがあります。
また、野球観戦をしていてバッターが打ったボールは普通目で追えますよね? しかし、網膜色素変視症患者の中には内野ゴロですら終始見えないことがあります。これが視野欠損による影響の一つです。
しかも、視野の欠損具合いは網膜色素変性症患者の中でも個人差があり、同じ網膜色素変性症患者でも一人ひとり見え方が全然違うのです。
こうした見え方の違いを考慮もせずに MW10 を一度や二度試用したくらいで「見える」と言っても、それは晴眼者基準での話であって、その「見える」という言葉が夜盲症の方に誤解を生むのです。
筆者が言う「晴眼者」というのは、夜間でも自動車を運転できるような見え方の人を指しています。
もう一つの重要なポイント、「見えない経験」が乏しいと言うのは今挙げた体験をこれまでにしてこなかったことを言います。もちろん晴眼者であっても見えない状況に遭遇するのはよくあることですから、「全く」経験が無いとは言いませんが、それでも夜盲症の人と晴眼者の間でその差はとても大きいと思います。これはすぐに理解してもらえることでしょう。
なぜ MW10 を語る上で「見えない経験」が重要なのかと言うと、理想とは程遠い完成度の MW10 であってもその主たる魅力はプライスレスな価値にあるからです。マスコミ記事でよく使われていますよね 「QOL の向上」 って。その実態がプライスレスな価値だと筆者は考えており、晴眼者はこれを見出しにくいので、安易に MW10 の魅力を語るのはやめた方がいいのです。
晴眼者なら夜空に見る星は月だけではありませんよね? 小さいながらも晴れた夜空だといくつかの星を確認できると思いますが、少なくとも私にとって夜空に見る星は月だけです。
ところが MW10 を使用すると月以外の星も見えるようになったのです。晴眼者なら、今のこの体験談を聞いて何を思いになるでしょうか? 感想は人によって様々でしょうけど、大抵は「ま〜、そうだろうね〜」とか「お〜、それは本当に良かったね」でしかないと思います。
しかし筆者は、夜空に月以外の星を見て抱いた感動を詳しくお話できますし、さらにこちらの記事で述べているように、MW10 を請願者との新しいコミュニケーションツールだったり、晴眼者と夜盲症の人の明るさとの違いを予測するツールにもなると新しい価値を見出しています。晴眼者の中で私と同じような MW10 の価値を見出だして発信している方は多くないはずです。おそらく皆無でしょう。
今紹介した MW10 の隠された価値というのは何も私だけが気づくことではありません。夜盲症の人なら少なくとも私が示した MW10 の価値に肯定的な見方をしてくれるはずですし、私以外の夜盲症の方であってもサイト等で発信することはないにしろ自ずと似た価値を見い出し、同じような使い方をしているはずです。
ここまでお示しした MW10 の魅力を語る上での 2 つの重要なポイントは、何もマスコミの方々だけに言っているわけではなく、夜間でも自動車の運転が難なくこなせる晴眼者全体に言っています。つまりそれは、メーカーであろうが目や医学の専門家でもある眼科医または研究者においても同様です。MW10 の魅力を語るのであれば少なくとも今挙げた 2 つのポイントをご自身なりに整理してから意見や情報を発信しないと誤解を生むことになりかねないですし、語った内容は浅はかなものだったと指摘されることでしょう。
マスコミの MW10 に関する記事や報道では純粋に製品を紹介しているだけだったり HOYA の企業活動を報じているだけに留めている場合が多いことはよく理解しているものの、それでも「見える」というフレーズを使う場合には上記のポイントを気にかける必要があると筆者は考えています。